夜よ鼠たちのために (新潮文庫)

夜よ鼠たちのために (新潮文庫)

ミステリ。
超絶技巧のミステリ短編集。
連城作品には「男女間の情念」をプロットに組み込んだ作品が多いという傾向があるが、本書もその例に漏れず、夫婦の間(親子の間という場合も)に存在する激しい(もしくは歪んだ)情念が引き起こす事件を描いた作品集になっている。
収録作はそれぞれトッリキーかつ無駄のない構成を有し、作者の紡ぐ美文がそれに彩りを添え、物語の終焉後に独特の読後感を残す。
特に圧巻は表題作である。トリックと人物設定とストーリーが交互作用して、妖しくも美しいゲシュタルトを形成するという、本格としてもサスペンスとしてもハードボイルドとしても傑作という素晴らしい作品。全ミステリ読み必読のマスターピース。漫画でいうと『デビルマン』クラス。ちょっと嘘。
ちなみに関口苑生が解説で
「連城はダメ男を描くのが抜群に上手い作家で、物語の中心はいつもそのダメ男たちであり、登場する女性はその相対物に過ぎない(大意)」
と述べていたのだが、卓見だと思う。
「ダメ男とそのコントラストとしての女性キャラ」というテーゼは、西澤保彦米澤穂信あたりの諸作と比較しても面白いかも。
未読の人にこそ、ぜひ手にとってもらいたい作品なのだが、残念ながら現在は版元品切れ中

SF。
本書は「銀河帝国の弘法も筆の誤り」や「蹴りたい田中」などの駄洒落SFでお馴染みの作家、田中啓文が著した大作SF。前述の二作とはかなり趣を異にし、硬派な世界観を有した物語になっている…と思ったら、大間違いだった。
設定や描写に気合が籠められた今作は、作者のSF作家としての集大成的な作品だと言えるだろう。特に人体を痛めつける際の描写は中々にいやらしく、このあたり同じくホラー・SF作家の小林泰三の諸作を髣髴させる。
根幹となるアイディア自体はありふれたものなのだが、それをそうと悟らせないための構成と、計算しつくした上で明かされる満を持してのエンディングには思わず溜息が漏れた。
人物と世界の設定が一つになって物語は収束する。この機能美の構成こそが田中啓文の持ち味であり本質なのだと思う。
傑作です。

向日葵の咲かない夏

向日葵の咲かない夏

ホラー・ミステリ。
前作「背の眼」で日本ホラー小説大賞特別賞を受賞した道尾秀介の受賞第一作。
小学生の視点から描かれる白昼夢めいた物語。友人の死体消失事件の謎を追う主人公パートと、死んだ友達の隣人パートに別れて話は進行する。
相変わらず構成は巧みだが、すっきりしない結末がホラーとしての味というよりもミステリとしての欠点と受け取れてしまい、私的に少し評価を下げた。
「一発かましたれ」的なスピリットは買うのだが、「本当に必要かこの設定?」や「ご都合主義な展開多いな」などといった不満に対して、最後に明かされる真相だけで説明責任を果たしているとは思えない。
構成のロジカルさは評価出来るが(特殊な原則に従って運行する世界観を上手く処理して本格作品に仕上げる手腕は認めざるを得ない)だからといってこの作品を素直に本格として評価できるかというと違う気がする。ただしこれは作品の性格そのものが弱点であると言うより、私の趣味や資質が作品と折り会わなかった結果が所以であることを強調しておく。
この世界観が魅力的に感じられかつ結末を受け入れられる度量の持ち主(あるいは偏った人)が読んだならば、楽しい読書になるかもしれない。

顔のない敵 (カッパ・ノベルス)

顔のない敵 (カッパ・ノベルス)

ミステリ。
対人地雷を扱ったミステリを中心にした短編集。収録作では唯一、デビュー作のみ地雷を扱った作品ではない(物語中に地雷が登場しない話もあるが)。
対人地雷というテーマをプロットレベルに落とし込む技術は素晴らしい。地雷及びそれにまつわる付随物の特質を生かしてトリックやプロットを構築し、それが見事に作品に昇華されているため「とってつけた」感があまり感じられない。
各編とも本格としてかなりの完成度を誇り、いわゆる逆説や論理のアクロバットの妙を味わえる好作品揃い。
だが最近作の三編はやや水準が下がっており、これは少々残念。構成は良いが、ロジックは練り込み不足かもしれない。
さらに付言すると、各作品に通底するヒューマニティへの(無条件、無批判な)信奉が読んでいて薄ら寒いというか、狂気を感じさせる。
とはいっても、今年出た(うちで僕が読んだ)ミステリ中でもベスト級の作品集であることは間違いない。

背の眼

背の眼

ホラー・ミステリ。
本書は第5回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞作にして、現代本格ミステリ界の若手ホープ道尾秀介のデビュー作である。
超常的な現象を扱いつつも本格ミステリ的な性質も併せ持つ、ハイブリッドな造りとなっている。
本格としてのスタイルはかなりオールドファッション。つまり王道である。現代を舞台にした本格でここまで直球かつそれが浮いていないところに、作者の非凡さを感じさせる。
丁寧に張られた伏線がラストで回収されていく手際は素晴らしい。が、そこまでの道程がいかんせん長すぎて、読んでいて少し疲れた。シンプルなプロットの割にはページ数が多く、やや冗長。
登場人物の設定の使われ方にも疑問が残る。片方はともかく、もう一方の人物に特殊な能力を付与する積極的な必然性は感じられない。京極夏彦を意識してるのだろうけど、あまりに有名かつ完成度の高い先行作品を読者に意識させることは、作品の評価を相対的に低めてしまう危険もあると思う。
と、苦言を呈してはみたもののプロットの構築能力には目をみはるものがあるので、この作品に見られた弱点が次作以降で克服される事を願っています。
本格好きな人におすすめ。


はじまりの島 (創元推理文庫)

はじまりの島 (創元推理文庫)

ミステリ。
種の起源」というあまりにセンセーショナルな著作を発表し当時保守派のイギリス人から目の敵にされていた学者、チャールズ・ダーウィンを主人公に据えた本格ミステリ
物語は、ダーウィン博物学者として同乗した海軍船ビーグル号が世界一周の航海中に立ち寄った島、ガラパゴスで起こった連続殺人事件を中心に展開する。
次々と起こる不可能犯罪は(解説でも語られているとおり)カーを彷彿させガラパゴスという島の不気味な雰囲気にマッチしている。その謎を解き明かす探偵の推理も端正で本格としての完成度は高い。
ダーウィンの思想が周囲にもたらす影響」というメインテーマを同じようなアナロジーで作品の冒頭とラストに持ってきた構成も上手いと思う。
作品のテーマとミステリとしてのプロットを巧みに絡めた良作。
ただし、手堅くはあるが総じて地味な印象の作品だとも言える。作者は娯楽に徹しきれない人かもしれない。

ナイチンゲールの沈黙

ナイチンゲールの沈黙

ミステリ。
チームバチスタの栄光」でこのミス大賞を受賞した海道尊の第二作品。 表題はフローレンス・ナイチンゲールと鳥のナイチンゲールダブルミーニングであり、どちらも登場人物の一人(ていうかヒロイン)を指す。シャアが乗っていたMSではない。
抽象的な表現だけど、前作よりも平べったいような印象。物語の中心となる謎にオリジナリティがなく、起こる事件も地味で魅力薄。だがそこかしこに謎の解決への伏線が張り巡らされており、その点ではフェアでバランスのとれた構成だとも言える。
かるがゆえに、総体として作品を評価しようと試みると、上記のような印象を抱いてしまうのである。
前作でラノベ的と評されたキャラクター性は、よりメリハリを利かせられていて個性を掴みとり易くなっているため個体認識もスムースに行える。翻意すれば、中音がやや貧弱なドンシャリな造りとも。
読んでいて退屈しない作品だとは思うが、細部の詰めは総じて甘めだ。
とはいえ、この厚さを一気に読ませる筆力は大したものである。登場人物の掛け合いやSF的な部分の描写力は本書最大の読ませどころだろう。
ミステリとしての精度に拘らない、単純に娯楽作を求める人にはおすすめ。