「推定相続人」ヘンリー・ウェイド

推定相続人 世界探偵小説全集 (13)

推定相続人 世界探偵小説全集 (13)

ミステリ。
本書は英国ミステリ界きってのノーブルな出自を持つ作家、ヘンリー・ウェイドの代表作。准男爵家に生まれた彼の作品には、高貴な品格の漂う格調高い作品が数多い。軍隊で将校を務めた後に高級行政官としての職務に携わった経験が生かされたのか、警察組織の内部構造や事件捜査の活動内容をリアルに描く手腕に定評がある。
小説は主人公である放蕩者のユースタス・ヘンデルが、親戚の親子が水難事故で亡くなったと聞かされるシーンから幕を開ける。だが本書を実際に読む段には、まず巻頭の登場人物表の隣に載せられた家系図に注目してほしい。そしてヘンデル家一族の面々をユースタスが回想、説明する際には、誰がどういう姻戚関係にあるのかを確認しながら読み進めることをおすすめする。それが物語のプロットの根幹にかかわる部分なのだが、やや入り組んでいるため普通に読みすすめても関係の把握が困難なのだ。
この後、生活に困窮したユースタスは、自らが本家の遺産相続人になろうと親族の殺害計画を立てる。いわゆる倒叙ミステリ的な展開を遂げるのだが、後半から段階的に皮肉な様相を呈してくる。ユースタスは自ら考案した計画が原因で災厄に見舞われることになるが、事態は彼自身の意図したものとは違う方向に進展していく。そして物語は最終的に意外な結末へとたどり着く。
この「意外」というのは主人公にとってであって、ミステリ慣れした読者には本書の結末はある程度予想できるだろう。その理由はプロットの端正さと丁寧に張られた伏線にある。スマートなミステリほど論理的に妥当な構成を持つものが多いため、演繹という言葉の意味とその働かせ方を心得たものには、ある程度展開が予想できるからだ。
しかし、巧緻なプロットを抑制された文章に乗せて展開させていくその手際の見事さは、読者が本格ミステリに親しんだ者であれば必ずや感嘆させられることだろう。
「最後の一撃」もまたよし。
構成の美しさと皮肉の効かせ方がチャーミングな本書は、ミステリの初心者と上級者におすすめ。スレた人には向かないかも。