九時から五時までの男 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

九時から五時までの男 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

短編集。小話めいた作品からニューロティックなサスペンスまでと作者の芸域は広く、短編ミステリという形式を愛する向きには一読することをお勧めする。
ちなみに、スタンリィ・エリンは人間の心理的作用を関数や変数として物語中にプロットし、上質のミステリに仕上げる力に長けた作家である。本書に収められれた短編も、事件が人間心理にどう影響したか、もしくは心理が事件に対してどう働いたのか、を根幹にして話が構成されているものが多くを占める。
しかし、心理とは人間の内面であり、物理的に存在を規定しめるものではないため、作者の恣意性によっていくらでも話に都合のよい理論を内包させることが可能になってしまう側面も存在する。
そこでエリンは物理的な状況(初期設定及びそこからの変化)を丁寧に過不足なく描写、説明することによって心理変化の必然性や特殊な心理(思想、論理も含む)に説得力を持たせ、物語が御都合主義に流れてしまわぬよう手綱を引き締めている。抑制の効いたストイックな作風に好感が持てる。