「鬼の探偵小説」田中啓文
本格伝奇ミステリ。設定がすごい。主人公の表向きの職業は所轄署の捜査一課に属する刑事なのだが、その正体は住処を追いやられ人里に出てきた「鬼」。自分が「物っ怪」であることを周りの人間たちに見破られないように心を砕きつつ、彼は事件の謎を解きかつその黒幕を裁く。付け加えると、警察における主人公のパートナーはアメリカ帰りで金髪碧眼(ハーフ)のエリート刑事で、しかも○○○(あえて秘す)だったりする。この○○○の刑事と必死に正体を隠す主人公の駆け引きも読みどころの一つである(もちろんこの作者らしい「バカバカしさ」を伴って)。
さて、田中啓文作品としては珍しく、本書のジャンルは本格ミステリである。もともとSFにしてもホラーにしてもプロットの立て方と(駄洒落の)伏線の張り方には定評のある作者であるから「ロジックやトリックよりもプロットを重視したつくりになるのだろなぁ」と漠然と考えていて、実際その予想は裏切られなかった(設定をうまく活かした多重解決ものとしてかなり面白く読める)。
しかし、トリックやロジックの方もかなりアクロバティックかつバカであり(普段の漫談のような語り口でなく)一見シリアスめいた文体から飛び出すこれらの「ネタ」の前には思わずひれ伏してしまった。もともと駄洒落には定評のある作者である。本書でもその実力は遺憾なく発揮されており、有栖川有栖顔負けの「聞き間違いネタ」も多数炸裂。
これらのネタの一つ一つは小ネタともいうべきな取るに足らなさなんだけど、それを積み重ねて一つの作品にしていく手際に好感が持てる作品でした。
鬼の探偵小説 (講談社ノベルス)