「絞首人の一ダース」デイヴィッド・アリグザンダー

絞首人の一ダース (論創海外ミステリ)

絞首人の一ダース (論創海外ミステリ)

ミステリ。

論創海外ミステリといえば作品ごとの毀誉褒貶の激しさと難のある訳で(一部で)有名だが、本作はレーベル随一の水準と評判の短編集。硬質な訳も作風とマッチしている。

本書に収録された作品の特徴は、登場人物の心理に重点を置かれて書かれていること、(それと表裏一体なのだが)ミステリとしてはひねりの少ないものが多いことなどが挙げられる。

心理をプロットの根幹に置いた作品と言えばスタンリィ・エリン(奇しくも本作の序文はエリンの手によるものだ)の諸作が思い浮かぶが、エリンの場合は心理がいわば事件の固定的な関数として機能しており事件を成立させる要素の1つとして扱われるのに対し、アリグザンダー作品の場合、心理とは物語の中心であり、その流動的な動きを描くことが物語の第一目的となっている。

ミステリとは「因」か「果」のどちらかを強く志向するジャンルであるが、アリグザンダー作品は「因」から「果」に至るまでの過程を描くことに多く筆が割かれている。その理由はおそらく「なぜそのような心理に至ったのか」ということを十全に表現するためだと考えられる。

ミステリとしてひねりのない展開をするという所以もそこにある。作者の興味の対象は読者を翻弄することにはなく、あくまで心理がなぜそう働いたのかを丁寧に描写することにあったのだろう。

ちなみに収録された短編の中にはハードボイルド色の強いものが含まれているが、上記の人間描写とプロットの関係はある種のハードボイルド作品にも当て嵌まる説明だと思う。