わたしを離さないで

わたしを離さないで

主人公のキャシーは優秀な介護人だった。しかし物語の冒頭でその職を退くことになる。彼女は自分が幼年時代を過したヘールシャムでの思い出や、そこを出てから遭遇した出来事を読者に対して語りかけていく……

本書は幼少時代から現在までの思い出やエピソードを主人公自身が回想するという形式で綴られている。話の運び方はパターン的であり、ある話の最後に出てきたキーワードを次の話の主題にしていくという部分と、それを現在の視点から評価したり、時代が下った後でのエピソードを補完的に挿入したりする部分から成っている。
この「回想録」という形式と主人公の冷静な語り口が、本書最大のテーマが読者の前に現れたときに重大な作用をもたらす。
そこに至っては、主人公やその幼馴染たちが繰り広げた「青春」なぞ、やたら卑近なものに思えてくる。だが、それが故に愛おしく感じられる。
ミステリ的な部分もあるがそれは読者の興味を惹くためだけの趣向でなく、主人公たちと「謎」を共有することでシンパシーを強める働きを担っている。いくつかの「謎」は物語が展開するにつれ徐々に明かされていくが、ラスト近くでの「最大の謎」が解明されるシーンを除いて非常に淡々としている。
ここいらも「抑制された筆致」と評された所以であろう。登場人物も主要なキャラを除けばあとは淡白な描写しかされていない。
非常にじわじわとしか本性を現してこない物語であるが、「主人公が目的地に向う」というラストにおいて、遣る瀬無さは最高潮に達する。最後まで抑制された筆致であるにもかかわらず、あふれ出る情感に圧倒される。
構成も文体も人物の造形も計算されつくしている。傑作だと思う。