ボトルネック

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暗黒青春ファンタジー

二年前に亡くなった友人を弔うため現場の東尋坊に来た主人公は到着直後に親からの電話を受ける。危篤状態だった兄が死亡したので通夜に出るために至急帰ってくるように、という内容であった。不本意ながらも帰宅しようとする主人公。だがその直後、風に煽られた彼は崖から転落彼は眩暈を感じると同時に天地が逆様になったような浮遊感に襲われ「落ちた」と思った瞬間、記憶が途切れる。
主人公は目を覚ますとなぜか自分が金沢の公園に戻ってきている事に気づく。状況がよく飲み込めないまま帰宅するが、家には見知らぬ女性が居て……

以上が本書の冒頭のあらすじ。このあとの物語は、自分が一種のパラレルワールドに来てしまったことを知った主人公が元の世界に帰る方法を模索しつつ、この世界と元の世界の差異とそのファクターに気づいていく、という方向に展開していく。
このパラレルワールドに登場するキャラクター達がまたくせ者で、設定された性格(及び配置された相関)が皆一様に御都合主義的。この「世界が機能的に造られている感じ」がリアリティのなさ(人工性の強さ)として批判されかねないようにも思えたが、ちゃんと作者はラストで予防線を張っている。これから読まれる方は安心召されよ。
ちなみに本書は読者を「痛がらす」ことに特化した青春小説である(特にタイトルの真意)。肥大した(最初はみんなしているものだという前提をあえてしてみる)自我をすり減らすことが成長ならば青春とはその過渡期であって本書のテーマはその過程の失敗にあるのではないだろうか。自己同一性や自己の存在理由を扱った作品として、本書で行われている呈示はかなりえげつない方法だと思う。そして、その手の作品としての完成度は高い。(とはいえ確かに攻撃力は高いものの防御にはやや不安が残るかもしれない。「ジョルト」のカウンターのような感じで)
ただ気になるのは、米澤穂信という作家が今までにものにしてきたビルドゥングスロマン(成長小説)において、「挫折」からそれを克服するまでを主眼に書いたものが皆無である点。今回の作品はそれを一歩、逆のベクトルに推し進めた作品だが。はたして米澤キャラが真に「成長」するのはいつの事か。
ミステリ要素もあるがテーマの強調、呈示に奉仕させるための機能という趣が強く総じて薄味なので、そこだけを期待して読むと肩透かしを食うかも。
痛い青春モノが好きならば。

  • 蛇足(ややネタを割ってます)

本書を読んでまず思ったのは、「相変わらず丁寧に伏線張るなー」ということ。例を挙げると「主人公の家がいい地所にある」とか「夫婦二人が遊びまわっていても家計は圧迫しない」とか「ノゾミが主人公にミントタブレットを渡そうとしたときのフミカの行動」とか(探せばまだまだあるだろうけど、僕の読解力&記憶力ではこれが限界)。誠実に(フェアに)物語を作ろうと心がける、作者の意志を感じます。

しかし、このおねぇちゃんはいわゆる「名探偵」の系譜の人物ですな。「探偵の言ったことは全て正しい(=物語内で正解を言う係)」というテーゼが存在するという前提でないと成り立たないわけじゃないけど(この小説の性格として、主人公が「真」であると思ったのなら、彼女の言が「真」でなかったとしてもかまわないというわけ)。

ただ、米沢作品では重要な役割を与えられたキャラクターが女性に偏っているのは気になりますね。女性性をブラックボックスとして扱う作品が近年とみに増えているよう感じられるけど、そういう一連の作品に存在するような思考停止や表現上の努力の放棄と似たようなものを氏の作品からも見出しえてしまう。これはちょっと勿体ない。

あとこれは個人的な意見だけど、主人公が全て作者自身の分身であるように思えてならないです。主人公を相対化する装置としての登場人物がいつも女性な理由は…とかいろいろ邪推してしまう。