夜勤刑事 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

夜勤刑事 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミステリ。
いわゆるモジュラー型警察小説であり本作で主人公のリーロイ・パウダー警部補は複数の事件に遭遇する。それらの事件にそれぞれ相関があったりなかったりするのもモジュラー型ミステリの醍醐味。
とはいえ主人公であるパウダーが独りで徹頭徹尾全ての事件に掛かりきれるはずもなく、彼は仕事を部下達に分配し託すのであるが、これらの部下がみな一筋縄ではいかない連中ばかり。若手の刑事からは露骨に煙たがれかている。しかも、家に帰ったら帰ったで古女房との関係は冷え切っていて、彼女とは家庭内別居状態にある。
彼は同僚及び家族との人間関係に疲弊しておりそれらの共同体に一体感を持てなくなっている。したがって、彼はハードボイルド小説の主人公として申し分ない存在となるのである(なぜ申し分ないのかは略す)。
事件の一つ一つをパウダーが解決していく、という訳ではない。主眼はあくまでも彼がどの様に事件(それは刑事事件だけとは限らない)と折り合いを付けていくかにある。本作の構造は本格ミステリ的でない。
ちなみに私見であるが、サムスン物では作品の興味の中心は「事件やそれが孕む謎の提示と解体」にあるように思える。そういう観点から見ると、サムスン本格ミステリによく見られるような「謎(であったもの)の全容を読者に対して説明する装置としての名探偵」的な役割を多分に担っていることを了解していただけるだろう。
翻って本作の構造はと言うと、物語の中心に「事件」にあるのではなくあくまで「リーロイ・パウダー」という一人の古参刑事を軸に話が展開していく。つまり人間を描く、表現することが主目的であるという点で本格ミステリ的ではないのである。
本作では組織に属する者であるが故に持つ主人公の軋轢やしがらみが描かれており、それが別シリーズの主人公であり本作でも重要な役割を果たすサムスンフリーランス振りと対比をなしている。リューインという作家からは「対称」と「対照」で何かを象徴 しようとしている節が窺えるのだけど、それが完全に理解できるほど僕は頭のいい読み手ではないのでここでは沈黙せざるをえない。なんか悔しい。