失はれる物語 (角川文庫)

失はれる物語 (角川文庫)

短編集。
ライトノベル媒体で発表された短編を再編集して一般向けに出し直した作品集の文庫化(ややこしい)。
どちらかと言うと感動系の話が多いので、乙一初心者r黒乙一が苦手な方も安心です。
ちなみに親本発行時に書き下ろされた「マリアの指」はミステリ作家としての乙一の集大成的な作品に仕上がっている。ロジックの詰めがやや甘いのと、技巧に走り勝ちなところがうるさくて減点の対象だが、全体的には良作。伏線の張りめぐらせ方とその回収の魅せ方は神レベル。

あとは本書を読んでいて思いついたことをちらほら書いてお茶を濁しておく。
彼の作品を読めば普通に(たぶん)感じられることだけど、乙一は二面性を持った作家だと思う。彼の中で「弱者への共感」と「欺瞞を赦さない厳格さ」というふたつの要素が絶えずせめぎあっているように私には思える。そしてその葛藤がまんま、ひとつの作品内に存在することもある。 本書に収録された作品だと「しあわせは子猫のかたち」や「マリアの指」にそれは顕著だ。収録作以外では「神の言葉」「死にぞこないの青」「暗いところで待ち合わせ」などにも(二項の対立、葛藤を)見い出すことが出来る。
そして、その葛藤があるからこそどちらかに肩入れし過ぎることがなく、乙一はバランスを失わずにいられるのだと思う。彼の希有な点はその「バランス感覚」「匙加減の上手さ」にある。