ドルの向こう側 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-10)

ドルの向こう側 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-10)

ミステリ。
今回の話をかいつまんで説明してみよう。
リュウは少年院を脱走した男の子の捜索を依頼されるが、その子は誘拐事件に巻き込まれており両親に脅迫(身の代金の要求)の電話が届く。事件を捜査していくうちにリュウは重要な情報提供者に出会う。彼曰く、誘拐の共犯者らしき女性と被害者の少年が一緒にいるところを見掛けたらしい。少年は本当に被害者なのか?自分の意思で誘拐犯に帯同しているのではないか?関係者から少年についての情報を集めていくうちに、彼はここ数日ばかり奇矯な行動が目立ったことが明らかになる。そして少年の足取りを辿っていった先でリュウは一つの死体に出くわすのであった…ここまでで全体の3分の1くらい。
ロスマク作品では人物の相関関係がプロット及び真相に深く関わってくるので、このあと話が進めば進むほど内容は複雑化の一途を辿る。読みにくい文章ではないし人物の造形も巧みなのでリーダビリティは高いと思うが、プロットを完全に把握して読み進めるのはちょいとキツい。
事件はこの後、「少年の失踪理由」「殺害理由」を探るというホワイダニットと「誘拐犯」「殺害犯」の特定というフーダニットを二軸に、リュウが少年と犯人たちを捜索するという方向に向かう。
ここでは登場人物それぞれの「家庭」、特に「父子関係」とそれに従属する形での「母親」が描かれる。ロスマクではお馴染みの展開ですね。
話を一気に進める。ラスト、リュウの推理によって真犯人とその犯行動機が明らかになるのだが、これがまたリアルで怖い。ロスマクはこの「リアルさ」を演出することに長けた作家なのだということがよく解る。体で解らせる。
さらに言えばロスマクの偉大さは、この「リアルさを登場人物の描写から感じさせることが可能であること、その上に人物造形(行動原理)がミステリ的構造において重要な関数になっている点」にあるのだと思う。「異なる地点からの要請」に折り合いを付けつつ、不自然でも破綻してもいないところが素晴らしいですね。
ちなみに、訳者あとがきは軽くネタばれしているので、初読の方は注意されたし。