ウロボロスの波動 (ハヤカワ文庫 JA)

ウロボロスの波動 (ハヤカワ文庫 JA)

ハードSF連作短編集。
本書はSFミステリである。ミステリ的な「謎の提示→解決」という構成で展開する短編が多数収録されている。ただし「謎の内容や解決の方法がSF的である他は普通のミステリ」といった作品ではない。むしろこのSF(本書)の面白さをプレゼンするのにミステリの手法が手ごろだったから、こうのような構成になったのではないだろうか。ならば「SFミステリ」というよりも「ミステリSF」という呼称のほうが本作には妥当かもしれない。

太陽系内の惑星、衛星や宇宙空間を舞台に事件は起こる。登場人物たちはそれぞれ己の所属する社会的な立場に従って行動し、問題を解決する。読者は、主人公たちが事件を解決する過程を楽しむ。つまりはミステリを読むような楽しみ方を。もちろん立場の違いから生まれる摩擦や葛藤もあり、ヒューマンな登場人物の描写に魅力を感じることもできる。だがしかし、本書の一番の魅力は膨大な科学知識に裏打ちされたハードSFとしてのそれである。

初端から専門用語が飛び交いしかも平易な言葉による解説などないまま展開していくため、読み始めは状況を把握することすら困難であろう、しかし物語が進展していくにつれ情報量の増加と共に読者は物語の舞台となる世界を少しずつ想像し、組み立てていくことが可能になる。そして作者(ひいては登場人物たち)と世界観を共有した時に、読者は初めて作中の「事件」という「現象」を認識し、かつそれをミステリとして楽しむことになる。なぜならミステリとしての「事件」を楽しむことは、それを「事件」として認識することなしには不可能なためである。その後に読者は、認識した世界および事件をハードSFの文脈で理解することになる。ミステリとしての構成は読者に対して理解の基盤を築くためのものなのだ。

SFファンにもミステリファンにもお奨め。

しかし最終話「キャリバンの翼」にだけ、神話上の龍や蛇が登場しなかったのは…何か深い理由が!?
あと「マッカンドルー航宙記」を併読しておくとより楽しめるかも。