LAコンフィデンシャル 上 (文春文庫)

LAコンフィデンシャル 上 (文春文庫)

LAコンフィデンシャル 下 (文春文庫)

LAコンフィデンシャル 下 (文春文庫)

ノワール
3人の警官を通じて描かれる、50年代のロサンゼルスを主要な舞台に生じた事件一連についての犯罪小説。
主人公たちはそれぞれ違う立場や思惑から次々と発生する事件の捜査を進めるが、捜査が進捗すればする程事件が持つ根の深さが明らかになっていく。事件の全体像は茫漠として把握されきれないまま物語は進行する。しかもそれに伴い登場人物同士の相関関係も複雑化の一途を辿っていくため(主人公の内2人にそれは顕著)読者が全容を推察することは困難を窮める。
しかしながら、中途においてバラバラに配置されていたピース(伏線)も、最終的には収まるべきところに収まり、事件の全容も読者に対して明示される。
この構成の美しさは本格ミステリにも通じるものがある。実際、解説によると作者のエルロイはロスマクに傾倒していた時期もあるようなので、プロットに拘る作風のルーツはそこにあるのかもしれない。
また、人物造型の巧みさにも作者の非凡な才能が表れている。
功名心の塊のようなエド・エクスリーや復讐の権化バド・ホワイトといった強烈なキャラクターたちは、リアリズムを損なわないよう気を配りつつも誇張された描かれ方で存在を主張し、 彼らの間に蠢く嫉妬、怒り、軽蔑などの(主に負の)感情は、物語を推し進めていくためのダイナミズムとして利用されている。
あとこれは『ブラック・ダリア』にも言えることだけど、作中に猟奇的な側面を与えるような事象が出て来るにもかかわらず理知的な構成の印象も強く残り、それらの葛藤する要素が独特の読後感を演出しているように思えた。これはエルロイ以外の作品では得難い感覚かもしれない。
大傑作です。

デス・コレクターズ (文春文庫)

デス・コレクターズ (文春文庫)

ミステリ。
前作『百番目の男』も骨太の本格だったけど、今作はプロットの複雑さと完成度が一つ上のレベルに達してる。要素(伏線)の配列の美しさは相変わらずだし、要素同士の関係性に込められた意味と要素の数量自体が増加しているところに作者の構成力と手際よさ,そして筆力の向上を感じた。
単純なインパクトで比較すると、真相の「奇想」度は前作には及ばないかもしれない。しかし、謎の不可能性と合理的解決の間にある「落差」は、前作に勝るとも劣らない。
あと、登場人物たちの魅力も追記しておく。レギュラー陣による掛け合い描写は堂に入っている。題名にも採られているデス・コレクターズ(死の収集家)はガジェットとして面白いだけでなく、その性向すら犯人に利用されている(つまり作者によってプロットに組み込まれている)。
現代アメリカミステリ(かなりB級)と本格ミステリの融合。本格好きには是非とも読んで欲しい作品。
ただし、本文及び解説に前作の犯人を想起させかねない記述があるので、そういうのを気にされる方、先入観なしで読みたい方はまず前作から手にとることを強く勧める。

季節の終り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

季節の終り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ハード・ボイルド。

僕がアルバートサムスンにもっとも近しいイメージを持つ探偵はライツビル以降のエラリー・クイーンだ。これはもう、そう思えてしまうのだからしかたがない。やはりクイーンはアメリカのミステリ作家として偉大な存在だと思う。崩壊する家庭の悲劇やサイコパスを扱った精神分析学的ミステリといった、その後アメリカを席巻するタイプのミステリをかなり早い段階から発表していることがその証左である。

本作においてサムスンの担う役割は「事件を観察し全体像を読者に提示するための名探偵」のそれであり、おのずと事件の性格は強い求心性を持ったものとなっている。

これは、「事件に対してメタなレベルから俯瞰出来る人物」を真相を看破した探偵以外にも想定せざるを得ないような性格の事件でないと犯人対探偵という二項対立の構図が崩れ、探偵がヒーローとして描かれる必要性すら疑わしくなるためだと考えられる。そう、サムスンはヒーローなのである。かつてのマーロウやリュウ、そしてエラリーがヒーローであったように。作者の他のシリーズキャラクター、パウダー警部補と比べると、よりサムスンのヒーロー性は際立つと思う。

本作はヒーローを描く物語としての探偵小説であり、事件を中心に据えた謎解き小説としての探偵小説でもある。そしてその両者の相性がいい事は偉大な先達が証明している。

エラリーが僕にとってのヒーローであるのと同様に、サムスンも僕にとってのヒーローなんだろう。

花嫁のさけび (ハルキ文庫)

花嫁のさけび (ハルキ文庫)

ミステリ。
本作は奇術師、紋章上絵師などの肩書きを持つ異色作家、泡坂妻夫の第四長編。相変わらず伏線の張り方が巧みで、文中の至る所にトリックが仕掛けられている。
非常に細密に練られたプロットを有する本格ミステリであるが、物語中で描かれる皮肉な愛憎劇もまた本作の魅力の1つ。
本作とそれに先行する「乱れからくり」や「湖底のまつり」などの長編の間には共通する要素として物語進行上の「皮肉」の存在が挙げられる。
私見だが、その「皮肉」は本格ミステリとして読者に真相を悟らせないための配慮というだけでなく、構築性の高い泡坂作品を人工的な作り話に止まらせない働きも担っているのではないだろうか。
個人的には「妖女のねむり」の方が好み。しかし本作は物語として美しい。
多くの人に手にとってもらいたい名作なのだけど、残念ながら版元品切れ中

夜は短し歩けよ乙女

夜は短し歩けよ乙女

恋愛ファンタジー。「片思い作家」と称される森見登美彦の最新作。妙に古臭い言い回しの(でも読みやすい)文体や、韜晦的な造形の男主人公など、作者の持ち味を存分に楽しめる作品に仕上がっている。
二人の主人公がともに荒唐無稽なキャラクターなのだけど、とにかく一人称の語りが楽しく、読み進めていくうちに自然と彼らに親しんでしまう。珍しく恋愛(ラブコメ)をメインに据えた物語である点もこの親しみやすさの一因か。ハッピーエンドだしね。
あと、古本市での我慢大会や学園祭におけるゲリラ演劇など変なイベントも目白押し。この学園祭シーンのように、日常と非日常の狭間のマージナルな空間を演出させると流石に上手い。出自がファンタジーノベル大賞であることにも得心がいこうというものだ。
読んでいるだけでここまで楽しい作品には滅多にお目にかかれるものではないだろう。読むという行為が快楽に直結しているような読書体験を得られた。2006年でもっとも楽しい時間を過ごした本。おすすめ。

独白するユニバーサル横メルカトル

独白するユニバーサル横メルカトル

ホラー。
本書は日本推理作家協会賞短編賞を受賞した表題作を含む八つの物語が収録された平山夢明の第一作品集である。この度、純粋なホラー作品としては初めて、このミス1位を獲得した。
ジャンルはホラーだが用いられる小説手法はバリエーションに富み、ミステリ的な構成の作品からSF風の世界観で展開する作品までと作風の幅が広く、読者を飽きさせない。作風ごとに文体や人物造型を全く変えるなど、作者のテクニシャン振りを存分に堪能できる作品集になっている。
個人的なベストは着想と構成と落ちが綺麗に纏まり決まった「Ωの聖餐」だが、地図の一人称で語られるというユニークな設定の表題作、今最も旬な海外SF作家グレッグ・イーガンを彷彿させる「オペラントの肖像」や「卵男」、特異すぎる登場人物と人体を破壊する際の描写と破壊方法のアイディアが楽しい「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」なども面白く読めた。ホントに高水準な作品ばかり。
フックが多いので、いろんな人にお薦めできる本だと思う。グロ描写に耐性があれば、という条件付きだけど。
たとえば小林泰三が好きな人だったら間違いなく楽しめるよね。

百番目の男 (文春文庫)

百番目の男 (文春文庫)

ミステリ。
本書はジャック・カーリィの第一作品にして、2005年度№1バカミスと評される怪作である。
はじめのうちは「過去のしがらみに現在も振りまわれている主人公が、現実の事件を捜査する内にトラウマと相対することになる」というハードボイルド風のテンプレに則っている点や、ストーリー展開が所謂サイコサスペンス的である点などから「典型的な現代アメリカミステリ」といった体裁の作品かと一見、思うだろう。しかし、クライマックスまで物語が進展したところで、そこにとんでもない真相が待ち構えていることを読者は知る。この衝撃(笑劇)の真相を以って、「2005年度№1バカミス」という称号を手にしたのだろう。常人には思いつけないネタである。
もちろん、丁寧にプロットされた伏線、読みやすい文体、(気の良いパートナーや分かり易く厭味な敵役や深刻なパーソナリティを持つ兄やヒロインなどといった)個性的な登場人物たちなどといった点も、本書の魅力であることは確かだ。だが、このラストの破壊力の前にはやや色を失ってしまう。
とはいえこの真相も、ただ一笑に付すだけではもったいないと個人的には考える。「フィジカルな「首切り」と死体に書かれたメンタルな「暗号文」という対照的なサインが、犯人の意図を悟った瞬間に付与された属性が反転してしまう」という構図に興味を覚えた。
構成もなかなか堅実で、実は本格テイスト強め。
前述したとおり、読みやすく楽しいミステリなので色々な人にお薦めしたいのであるが、それには色々支障を来たしそうな作品だといえるだろう。
バカミス好きの方には文句なくお薦めなのだけど。